自由になる勇気

翼が生えていたことを思い出すブログ

旧態依然の「正社員」至上主義はいつまで続けるのか?もはや「正社員」という生き方にこだわる意味はない

 

目まぐるしく社会が変化している現代においても、未だに「正社員」として、会社に雇われることが絶対的な幸せの条件である、と考えている人がほとんどのように感じます。

たしかに、社会の変化が緩やかで、まとまった労働力が求められた時代には、終身雇用で、年功序列が前提の「正社員」でいることは、最適解であったかもしれません。

 

ですが、そういった、

過去の「成功体験」を、現代まで引きずるのはやめませんか?

というのが本記事の主題です。

 

 

この記事は、4500字ほどなので11分くらいで読めると思います。
時間がない方は「まとめ」だけでも大丈夫です。

 

 

 

さて、
多くの人は幼少期より、以下の言葉たちをよく聞いてきたのではないでしょうか。

 

「いい会社に就職したらいい人生が送れる」

「とにかく正社員にならなきゃダメだ」

 

少なくとも私は、親や学校の先生、周りの大人たちから、そう教えられてきました。

良い学校に入って、良い会社に正社員として行かないと不幸になるって本気で思い込んでいたりします。

周りの同世代を見渡しても、何の疑いもなく就職活動をし、周囲の期待通りに、正社員や公務員になっている人がほとんどです。

 

なぜ、こういう社会になっているのか、、、

 

私は、これについて、以下の二つが主な原因であると、考えています。

 

  1.  親世代の思考が、高度経済成長期から、アップグレードされていないから

  2.  私たちの世代が、親や周囲の期待に応えた人生を望んでいるから

 

これについてひとつづつ紐解いていきたいと思います。

 

 


 

どうして親世代は「正社員」であることが絶対的な条件であるかのように考えているのか

 

以下を簡単に要約すると、
高度経済成長期は、
①「正社員」であれば、「雇用の保障」と「年功制昇給」が約束され、また、
②独立・起業するなどの、組織に依存しない働き方は、非常に大きなリスクが伴った、
という時代であったが、その考えがそのまま、経済社会環境がガラリと変わった現代においても未だに「常識」であると思い込んでいることが原因である、ということです。

 

もっと簡単に要約すると、
思考が「ゆでガエル」状態になっているからです!

 

「ゆでガエル」理論のお話し

カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び出しますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、カエルはその温度変化に慣れていき、生命の危機と気づかないうちにゆであがって死んでしまうという話です。
ゆっくりと進行する危機や環境変化に対応することの大切さ、難しさを戒めるたとえ話の一種で、おもに企業経営やビジネスの文脈でよく用いられます。

 

そもそも、私たちの上の世代の人たちの育った高度経済成長期では、「正社員である」というの絶対的なステータスでした。

 

それはなぜかというと、次のような時代背景があったからと考えています。

 

1. 人口増加、少ない高齢者人口という「人口ボーナス」

⒉ 逼迫した需要

⒊ 海外からの投資資金の流入

 

何をやってもうまくいく成長期

1. 人口増加、少ない高齢者人口という「人口ボーナス」

当時は、団塊の世代と呼ばれる人たちが、働き盛りのころであり、彼らが支えるべき子供や高齢者が少なかったのです。

これを学術的には、「人口ボーナス」という呼び方をされますが、一般的には経済的に成長しやすい条件の一つと考えられています。

高齢者人口が小さかったため、政策としても社会保障よりも、経済成長に注力することが可能でした。

 

2、逼迫した需要

当時の日本は、ほとんどの産業が発展途上期であり、それでいてかつ現代のようには耐久消費財などの多くのものの普及率は高くありませんでした。

 

そのため、高度経済成長期の度重なる好景気によるサラリーマンの所得向上の中で、耐久消費財の普及が加速度的に進みました。(のちに消費ブームと呼ばれる)

 

(下のグラフは内閣府が公開している主要耐久消費財の普及率の推移です。)

 

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3、海外からの投資資金の流入

この状況を海外の投資家が黙ってみているわけはなく、当然海外からの資本が集まり、規模を大きくするための資本には事欠かなかったと考えられます。

 

 

以上の追い風があったこともあり、「何をやってもうまくいく」世界でした。

 

つまり、頑張れば頑張るほど、商品は飛ぶように売れたため、所得はうなぎのぼりになり、サラリーマンとして生計基盤を維持していくことは、リスクは極めて小さかったといえます。

 

そのような状況下、会社には財政的な余裕がありましたし、また、労働市場の流動性が極めて低かったため、終身雇用と年功賃金を維持することが可能でした。

 

すなわち、会社が成長し続ける、という前提のもと、(成果を上げていない社員であっても)年勤続年数に応じて賃金が上がり、終身的な雇用も保障できた時代でした。

 

 

このような成功体験から、大学や高校を卒業したら正社員として会社に勤めあげるという働き方が、日本の標準的なロールモデルとして定着しました。

 

 

大量生産・大量消費が成り立たない成熟期に突入

 

ところが、日本経済の低迷が叫ばれて久しく、失われた20年と表現されたりしますが、(もうすぐ「失われた30年」に改称されそうですが・・・)

 

1990年代以降、モノが国民全体に行き渡り、人口は増えなくなり、かつてのような直線的成長は望めない低成長時代に突入するとともに、企業は終身雇用や年功序列の維持ができなくなってきました

 

過去の高い経済成長の時期には、メリットの大きかった日本的雇用慣行は、低成長期では逆にその弊害の方が大きなものになっています。

 

その日本的雇用慣行が維持されてきた結果、日本はどうなったかをデータで示しましょう。

 

 (下図は、1995年を100として場合の、労働者の賃金の推移です)

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他の先進国と比較すると、日本は98年以降、明確な賃金の低下傾向が見られる。これは企業が正社員雇用の維持を優先し、一時金および昇給のカットや、非正規雇用への置き換えを通じて人件費総額の抑制に努めたためだ。その結果、失業率自体は抑えられたものの、賃下げと経済の新陳代謝の停滞が慢性化することとなった。(※図3)

引用元:↓

diamond.jp

 

他の主要各国が一定の水準で賃金が上昇している状況で、日本だけが下落傾向の横ばいになっています。

周りが成長している中で全く成長できておらず、相対的には衰退しています。

 

このデータだけからは従来型の日本型雇用慣行を維持してきたことだけが原因とは言い切れませんが、少なくとも、経済環境が急速に変化しているにもかかわらず、時代に適応することなく旧時代と変わらない働き方をしていることが、この衰退の一端を担っているとみて間違いないと思います。

 

なぜなら、自然環境の変化に適応できてない動植物は衰退し、生存することが難しくなり、次第に淘汰されていくという自然の摂理に鑑みれば、当然の流れです。

 

つまり、これまでの日本型雇用慣行がワークした前提条件である、

  • 「人口が増える」
  • 「流通が飽和していない」
  • 「労働市場の流動性が低い」
  • 「個人がビジネスするのが困難」(←後述します)

という、条件がなくなってしまったので、それはもうワークしない、という当たり前のことですね。

 

 

高度成長期モデルの働き方だけが形骸化して残り、今も同じ働き方を良しとしている

 

しかしながら、そんな現在においても旧時代の

「正社員」=「雇用が安定」「リスクがない」

という構図のみが人々の共通認識として残存しているように感じます。

 

当然、彼らが生まれた時から、ずっとこの雇用形態が最上位として、主流であったため、それ以外の働き方についてよく知らない、というのが一因であると考えます。

 

また、当時は起業には莫大な初期投資とランニング資金が必要だったことから、

 

「成功」するか、

「破産」するか、

 

のほぼ2択であったため、一般人が手を出すものではないという考えが未だに根強いのも事実です。

 

なお、現在では、ICT等の情報技術の発展により、そうした資本がなくとも「個」の力だけで独立・起業できることは、あまり一般的には認知されていないのが現状です。。。

(なぜそう言えるのかは以下の記事にまとめています。)

 

以上のことから、旧世代の人としては、

 

「正社員」=幸せになるための絶対条件

 

という、思考回路が出来上がったと考えています。

 

  

私たち世代が、旧態依然の日本的雇用慣行を前提とした価値観から脱却することが容易でない理由

今の子供たちが大人になる20年後、あるいは30年後にかけて、まだ存在していない仕事がどんどん生まれ、働き方も変わってくるなどと言われていますが、教育のあり方は、高度成長モデルの年功序列・終身雇用を前提にしたままであると感じます。

 

社会が「働き方を変えるんだ」という意識を、一人ひとりが強く持ち、少しずつでもいいから、前に進むことがなければ、旧態依然とした働き方をずっと引きずってしまい、なかなか変われないという状況に陥ってしまうでしょう。

 

 

親の責任もあります。

 

今は少し変わってきた感じが若干ありますが、親は子供がベンチャー企業に入ることを、よしとしないでしょう。

まだ、旧態依然とした、銀行のような大組織に入ることを強く望んでいます

 

なぜ、そういう企業に子供を入れたがるのかというと、多くの日本人の意識として、変化することを好まないからと考えています。これは年齢を重ねるごとに顕著に表れてきます。

 

「大企業に入れれば、定年まで安定した生活が送れる。」

「大きな成功は望めないけれども、家族を路頭に迷わすようなことにはならない。」

「波風の立たない、変化に乏しい毎日だけれども、安定している。」

 

だから、親は自分の子供を大企業に入れたがるし、そういう親の影響を受けた子供たちも、親の期待に応えるために、自らベンチャー企業に就職しようなどとは思わない。

 

寄らば大樹の陰で、ひたすら組織にしがみつこうとしている。子供だけでなく、親もそういう考えから脱しなければならないと思います。

 

まとめ

 

日本は、戦後復興から1980年代までの40年間で高度な成長を達成しました。

それは、人口増加、需要逼迫による消費ブーム、高速道路や新幹線等の急速なインフラの整備、海外からの積極的な資本流入、少ない高齢者人口率という強烈な「追い風」があったためです。

(これまでの日本経済を支えてきた世代の多大な活躍を否定するつもりは毛頭ありません)

 

その40年間で労働の世代が一巡し、大学を卒業したら正社員として会社のために働き、60才を迎えたら退職して残り15年ほどの余勢を過ごすという生き方・働き方が成功したロールモデルとして標準化しました。(当時の平均寿命は今よりも10年ほど短かった)

 

しかしながら、国自体が成熟期となった21世紀の現代、上記の「追い風」は一つも残っていない。

 

さらに、情報技術の発展に伴うグローバル化の波が押し寄せ、世代が変わるよりも早く、経済環境は変化するようになりました。

 

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そうした中、我々は未だに大量生産・大量消費時代と同じ働き方、またはその延長線上にある働き方を続けているのです。

 

そして、日本経済は目立った成長をすることなく停滞の一途を辿っています。

 

 

多くのことが変わりつつある条件下では、過去のロールモデルがあまり役に立たなくなっていることを我々は認めなければなりません

 

 

あなたの親の世代に有効だったキャリアの道筋や人生の選択が、あなたの子どもにも有効だとは限らない。

 

やがて、あなたの子どもたちも、あなたの世代に最適だった選択とは異なる選択をするしょう。

 

 

するべきは、成功体験に裏打ちされた旧世代の常識や働き方をそのまま踏襲することではない。

 

いまあなたが何歳だろうと、いますぐ新しい行動に踏み出し、高度情報化・グローバル化・長寿化時代への適応をはじめることが大切なのではないでしょうか。

 

 

 

ぜひ参考にしてみてください。

 

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